Jimmy Cronin ~ profile
【なまえ】 Jimmy Cronin (ジミー・クローニン)
服装、スタイルからして、ひたすら目立たず、地味に苦労を重ねて、生きている男
【生まれと出身】 東京オリンピックの年に 浅草で生まれた
【学歴】 地元の公立小学校
地元の公立中学校
冷暖房完備の 当時、入学金 都内最安値の 私立高校 (※ 注)
当時 one of 駅弁大学 といわれた大学を卒業
大学進学のとき、東京大学へは、自転車で数十分で行けるが
「距離は近いけど、学力は日本一遠い大学」と お袋から言われ、
実際、共通一次試験(今の センター試験の前身)不振により、国公立絶望。
さりとて、すでに1浪、もう浪人は許さない、とのことで、新聞広告で見て、あわてて受験した大学だった。
今や、スポーツ界では けっこう有名な大学で、名前を知らない日本人も 減りました。
【職歴】 郵便局 (当時は 郵政省) 窓口
親父の商売 兼任(無給で 公務員法遵守でした)
20世紀から ワーキングプア、時代を先取りしていました。
親父の商売 支店開業
不振により、タクシー運転手に転職
再び、郵便配達に。
親父が脳梗塞で倒れ、保険外交員に異動。
郵政民営化決定を機に、親父、祖母の介護のため、
介護離職。
(当時は、「介護離職」という言葉も ありませんでした。
日本人の「負の人生」だけは、マスコミよりも数十年、私が先駆者です!
在職中から、投資競馬、FX(外国為替証拠金取引) など、投資運用にも目覚めた。
上司の理不尽さと、あまりの給料の安さに 人生に絶望、
やり直すことにしたが、なかなか再就職も ままならず
(初級公務員なんて、他の分野で通用する能力など、
趣味等で鍛えてなければ、無理です。)
そもそも 食べていけなければ 未来どころではなかったので、
好きで得意だった 車、バイクの運転を生かして、
タクシー運転手に転職。
その後、腰痛で働けなくなり、収入低迷
タクシー規制緩和で 収入減少となり
再就職できたのは、またもや 郵便局だった。
(現 かんぽ生命の 外勤
2019年の 不正営業発覚に
「よくぞ 30年以上も、バレないで来たものだ」
と、今まで バレなかったことの方に、驚いた)
2000年1月25日、父が脳梗塞に倒れ、以後、父の店、勤め人、介護と
苦節21年、と喜ぶ間もなく、フィリピンの家に、介護ベッドを購入して1ヶ月余、
2012年2月23日。父が他界。
その後、フィリピンの家の管理会社も破綻。
移住計画を断念し、永住権ビザもキャンセルと、
波乱万丈の人生を余儀なくされた。
しかし 「転んでもタダでは起きない」性格、
今後も、「失敗を教訓に、人生の糧に」の精神で、
「好きなときに、好きなところで、好きなことをできる人生を、実現すること」を目指し、活動中。
「明るく、楽しい PT人生のススメ」Small & Rich Life の啓蒙に 努めている。
年金 2000万円不足、3000 万円不足問題に 正面から取り組む
日本国民の救世主(?) として 人生防衛隊を立ち上げた。
Small & Rich Life
スモールハウスで 豊かな人生を目指す
楽しいこと、喜びと幸せを、わかちあう仲間の輪が広がること、
私とご縁のあった方々と、共に豊かな人生を送ることを、
ライフワークとして 現在に至ります。
※ 義務教育を終えたとき「表現には よくよく要注意だ」と実感したできごとでした。
一般世間では、「冷暖房完備」といえば、「夏は冷房、冬は暖房」が常識ですが、
我が校は違いました。
「夏は暖房、冬は冷房完備」
つまり、「人間は動物だ。自然に任せて、暑さ寒さは、根性と忍耐で乗り切れ」という
人間形成の場でございました。
公開日:
最終更新日:2020/02/21